中学生のとき「未来少年コナン」のギガントを見て、アニメってこんな映像を作れるのか!?と驚いた.現在のCG映像に比べたらチャチだが、飛翔体の描き方については宮崎駿の右に出る者は洋の東西を問わずいない.カメラと対象物の相対ベクトルを画像化すると、飛翔体はしばしば後ろに飛ぶのだ.ラピュタのラストでパズーとシータが乗るグライダーが後ろに飛ぶシーンはその典型だが、ああいった空間描写を有意味なカットの連続体として構造化できる作家は他にいない. (板野一郎はかなり優れている) (スカイクロラはカットの構造化に失敗した例だ)
コナン放映当時の1978年は、金持ちの家にはβmaxがあったけど、まだビデオデッキが一般に普及する前だった.βmaxはまだフロントローディングじゃなくて、上からガシャッと入れるタイプ.当然コナンをビデオに撮ってみる願いは叶わず、カセットに録音して音だけ聞いたり、TV画面を写真に撮ったりしていた.高校生になって、民放で16:00~再放送したときは、速攻で帰宅して伊勢原の東急の家電売り場でBパートだけ立ち見してた.
やがて、VHSが10万円台に落ちてきて、高校2年の後半だったと思うが、やっと親にビデオデッキを買ってもらった.TVを録画して何度でも観れるビデオデッキは、わたしにとってまさしく「神の機械」だった.
ビデオデッキのフタを開けると、毎秒30回転してTV画像を記録するドラムが見える.回転するドラムでテープに記録再生する方式をヘリカルスキャンと呼ぶ.このヘリカルスキャンこそが、46歳で失業するまで続く長いつきあいの始まりなのであった.
--続く-- つぎへ 前へ
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