2014年9月13日土曜日

アニメ 「セロ弾きのゴーシュ」と才田俊次と友永和秀と小田部洋一と並木孝

昨夜は約35年前の自分が過激にフラッシュバックした夜でした.35年前というと中学生ぐらいですが、その頃からやってるコトが全然変わってないわたしです.

会場の阿佐ヶ谷のロフトに行くのは2度目でした.イベントの名は、
コバヤシオサムのアニメ道/才田俊次と「セロ弾きのゴーシュ」
「セロ弾きのゴーシュ」関係者は全集合のこと!
会場にはざっと70人ぐらいの客がいまして、ゴーシュ観たことのある人は手を挙げて~と司会者が言ったら全員が挙手していました.まぁそれが当然ってもんだ.アニメスタジオ関係者も多数来場してたみたいでした.

才田俊次
「セロ弾きのゴーシュ」とは、1982年公開のアニメ映画で、原作はあの宮沢賢治の同名小説.BD/DVDも発売されていますが、わたしは当時劇場で一度観ただけでした.ハイクオリティな作品ですが、宮沢賢治のセカイ観とかクラシック音楽にはあまり興味が無いため、大好きというほどではありません.
この作品の原画をたった一人で描いたのが、昨夜のイベントの主人公である才田俊次というアニメーターでした.この写真はまだ若い頃.

わたしが才田俊次に会ったのは昨夜が2度目でした.1度目は、1982年の12月だったと思います.徳間書店のイベントで、当時まだマイナーだった宮崎駿が登壇して何か喋るっていうんで参加しました.わたしは大学受験の共通一次の3週間前だったのですが、そのイベントには参加したので記憶しています.そのときの録音テープはまだ実家にあるかもしれない.
それで才田俊次が登壇して「ゴーシュ」について何か喋って、質問コーナーで「『ゴーシュ』ではなにを言いたかったのでしょうか?」という身も蓋もない質問をした人がいて、才田さんの答えが「えーそれは作品を観てもらえばわかるわけでして、、、」でした.昨夜もそんなには喋らない才田さんでした.

それから32年ぶりに見た昨夜の才田さんがこれです.髭剃ったのでよく判らなくなってました.今はアニメ学校で教えているそうです.

才田さんは最初は撮影スタッフだったそうです.東映動画社員の宮崎駿や高畑勲がストライキをやっていた頃、東映動画が大量に外注したスタッフの一人が才田さんで、彩色の仕事をしたそうです.その作品があの「長靴をはいた猫」で、ラストでカラスが鳩に変身して飛び去ってゆくあたりのシーンだったとか.ほほぉ~

「ゴーシュ」の企画当時の話で、「ゴーシュ」と「母をたずねて三千里」の企画が並行して動いていたと才田さんが語っていたのにはハナシがピーマンなヒラサカでした.だって、「三千里」は1976年放映の作品です.ゴーシュは1982年上映なので6年もズレていて、その企画が同時だったとは思えません.
その理由は、才田さんが一人でゴーシュの原画を描いていた期間が6年間もあったからでした.その間に「三千里」の仕事をやったりいろいろでしたから、ゴーシュの絵柄も時期によって変わっているそうです.

並木孝
この人の事を知ったのはたぶん高校1年の時だったと思う.神保町の書泉の上の方の階に映画の書籍を扱うコーナーがあり、そこに置いてあった「FILM 1/24」という市販されていない同人誌のような本があって、それを発見したわたしは驚愕しました.その本で「カリオストロの城」のストーリーボードが特集されていたからです.
右の絵はカリ城のストーリーボードではありませんが、こんな風な水彩画で映画の重要シーンを演出家が描いたのがストーリーボードです.
「カリ城」のストーリーボードといえば宮崎駿の手による絵というわけで、それは貴重なものでした.1980年当時は、アニメ業界人では宮崎駿の名は有名でしたが、まだ大手メディアが宮崎駿にアクセスする以前であって、世間一般では無名の人.「カリ城」や「パンコパ」のオールナイト上映を観るために劇場へ何度も通っても得られない情報が「FILM1/24」にドカスカ載っているので「一体なんだこの雑誌は?」と神保町の書泉でびっくりしていた高1のヒラサカだったのでした.
それで知ったのが「アニドウ」という謎の組織.そして発行人が並木孝

さらにその後、本厚木の有隣堂で見かけてこれまたたまげて失禁しそうになり、速攻で買ったのが「未来少年コナンの黒い本」ていうブ厚い本.よくこんな本が有隣堂の1階で平積みされていたものです.これがまたしてもアニドウによる出版物.そして発行人がまたしても並木孝
↓「未来少年コナンの黒い本」の偉いところは、スタッフインタビューを徹底的にやったところでした.演出・作画監督・プロデューサー・脚本・原画・背景・音楽・撮影・録音・声優、、、主要スタッフ全部ですもん.全328ページを目を皿のように読んでいたのが高校生の頃のわたしでした.
原画スタッフインタビューには才田俊次も出ていました.
↓この人って誰だか判る人はほとんどいないでしょう.友永和秀という超有名アニメーターです.この人もインタビューに出ています.もちろんまだ若い頃の写真です.
↓手前が大塚康夫、奥が宮崎駿、1978年頃の作画風景.アニメ業界人が歴代アニメーターのランキングを決めたら大塚康夫がベスト1なのは疑いの無いところだと思う.
↓さて、高校生のヒラサカを2度も驚かせた並木孝という男.今までその顔を見る機会はありませんでしたが、昨夜ついに、ご尊顔を拝見ということになったのです.それがこちら.イベントが始まる前に、ステージでMACを操作している係の人がいて、イベントが始まったらその人が並木孝でした.ガーン.

最近になって老舗アニメ製作スタジオ「OHプロ」の社長だって聞いて、雑誌の編集者がアニメスタジオの社長って変だなぁと思っていましたら、並木孝は、元々アニメスタジオの撮影スタッフとしてキャリアをスタートさせた人で、一時は動画を描いたこともあったけれど、よく喋る男なので広報へ配属替えされて今に至るような、そんな経歴なのだそうです.

並木さんはアニドウの代表もまだやってるのかな?     http://www.anido.com/
アニドウは、海外のシブーイ芸術アニメを日本国内に紹介したり、内外のアニメの歴史本を編纂したりと、地味な活動をマジメにやっているとてもエライ会社なんです.
「ふくやまジックブック」に萌えていた人がこのブログを読んでいるかもしれないけど、「ふくやまジックブック」の出版元もアニドウなのだ.

というわけで、並木孝に会う事が、このイベントの目的の50%ぐらいを占めていたのでした.さしずめ、キャンディキャンディで、「丘の上の王子様」は誰かをキャンディが探し続けたようなもんだね.(ちがう?)

友永和秀
ドラマ「アオイホノオ」のこのシーンでこんな会話が出てきます.
http://hirasaka001.blogspot.jp/2014/08/blog-post_90.html
   ホノオ  「友永和秀?誰だいそれ?」
   アンノ  「カリオストロの城のカーチェイスシーンを作画した伝説のアニメーター」
   ホノオ  「コイツ、業界人でしか知り得ない情報をなぜ知っているんだ?」
大体こんなセリフだったと思いますが、その伝説の友永和秀が昨夜のイベントに登場したのもヒラサカ的にはハイパーシリアスな出来事だったわけです.「アオイホノオ」は只のギャグではない深イイ要素がちりばめられた作品なのです.
さてその友永和秀が昨夜のイベントでこんなおじいちゃんになってました.上のコナンの頃とはずいぶん違いますね.東映の「白蛇伝」(1958年)を観てアニメーターを志したというのですから、それなりの年齢となります.今でも現役で、ジブリのEDテロップに名前が出てきますから.

ところで伝説の友永さんによる伝説のシーンというのはこちらの事です.上手いとかなんとかを超越してます.これはネ申ですよ、ネ申のみ技であらせられる~~.道路のup/downに加えてブラインドカーブの向こう側に消える爆煙などを描くこのシーンは通常のアニメーターには手に負えないはずです.縦の動きを描くのは難しいんです.

↓マニアにとってかなり重要なハナシをしてました.このカットはフルアニメ(1コマ撮り)になっている事は観て判ると思いますが、友永さんはここを2コマ撮りを想定して描いたのだそうです.しかし、撮影してフィルムを観たらなんかのろいので、1コマで撮り直してそれが採用されたのだそうです.へーっ

小田部洋一
この人も伝説的な人です.ハイジと三千里のキャラ設定、作画監督でした.
わたしの記憶が正しければ、この電撃生物も小田部洋一さんのデザインになります.
そして現在の小田部さんはこのような風貌.東映動画時代のスタッフはもうこんな年齢なんですね.お元気で今後も活躍していただきたく思います.
いやはや楽しいイベントでした.

阿佐ヶ谷のロフトではアニメイベントが多いので、足繁く通いたいと思っております.

かしこ


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5 件のコメント:

  1. このネ申は音で越え
    https://www.youtube.com/watch?v=iiCrTszTQvA

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  2. とくに興味はないのですが、貼っておきますね。
    ◆魔法の天使クリィミーマミ 30周年本 「これまでもこれからもいつだってクリィミーマミ!」
    http://blog.livedoor.jp/geek/archives/51452745.html

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    1. クリマミが30年とは、高田明美さんお元気でしょうか?

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  3. オノマトペって擬音語でしょうか?
    日本語って難しいですね、エロイ文章を書こうとしたら言葉の組み合わせにとまどってしまいます。
    そのものを指さず、擬態語擬音語や形容詞も少なく、
    さっと読んだらとくに意味を成さず、じっくり読むと確かなな意味を感じ取れる。
    そのような文章は、川端康成氏でないと書けないのかもしれません。

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