観ましたか?「ヤニねこ」
良かったですよ.今までになかったモノが「ヤニねこ」にはあったから.
OPは様々なUS映画のパロディらしいんだけど、ものすごく細かくて全然判らなかった.
↓これは結局のところ綾波じゃねぇのか?ww
ただし、本作に無いモノがある.
致命的なのだが、、、映像のテンポという概念が無い.すごく残念.
パンクっぽいのだから、疾走するようでいて殴り掛かってくるようなテンポ感覚を映像にしたらもっともっと良い作品に成れただろうに、それが無いんだなぁ... 第1話の絵コンテを描いたのは監督の木村拓.監督4作目で過去作にはそんなに重大な作品は手掛けていない.
先日の投稿で演出家が育ってないと書いたが、残念ながら「ヤニねこ」も演出が育っていないという文脈の中に位置づけられてしまう.優れた企画だと思うのでもう一歩上へ行って欲しかったな.
もっとも、監督なりのテンポを濃厚に感じられるヒトは少ない.すぐに浮かんでくるのは、宮崎駿、押井守、新房昭之、大隅正秋、御所園翔太、太田雅彦 ってところかな.近頃の新海誠はわけわからんくなってしまった.
しかしながら映像のテンポを後天的に習得するのは無理じゃないかと思っているんだ.各監督の個性として打ち出すしかないと思うんだよね.
テンポを時間制御と言い換えることができるだろう.
ここで日本のアニメ制作の歩みを考えてみたい.
1)画面レイアウトという作業
それまでいろんなスタッフがざっくばらんに担当してたであろう作業に「画面設定」という名前が最初についたのは「母を訪ねて三千里(1976)」のときの宮崎駿だった.ただしソースは俺.
徐々に画面設定業務が浸透して、1990年代後半にはどこの製作会社でも当たり前なルーチンと化したと思われる.クオリティの底上げに寄与した.
2)原画マンがダイレクトに動画を描いているような派手なアクション
「ノエイン(2005)」がこれをやった最初じゃないかと思っている. →youtube
嚆矢たるノエインの時はまだまだ荒っぽかったものだが、現在ではMAPPAが「呪術廻戦」で当たり前のようにやってる.他にも、サイエンスSARUが「ダンダダン」でやってるし、スタジオKAIが「勇者刑」でやりまくってる.動きのクオリティの底上げに寄与した.
御所園翔太が「チェンソーマン#8」で時間制御を魅せてくれた.御所園は「呪術廻戦#29」でも時間制御をビシバシ魅せてくれた.彼は本当に優秀だ.
わたしが時間制御をクドクド云う理由は、キャラクターの主観描写にすごく役立つからなんだ.時間制御をやらない映像からはキャラの主観が使わって来づらい.客観だけの映像なんか退屈だ.
だがしかし、時間制御をアニメ制作業務にルーチン化する試みが進展し、中期的にどこのスタジオでも使いこなせるようになるかというと、全然そんな気はしない.1と2は定着したけれど、時間制御のルーチン化は抽象的すぎてムリだろう.
というわけで、時間制御はたぶん永久に属人的である.
時間制御の1つの形態である「テンポ」も持ってるヒトにしか出せない個性だ.
「ヤニねこ」からはテンポがまるで伝わってこなかった.
いやもしもだよ、あの不潔極まりないヤニカスの主観がTV画面からダダ洩れのごとく発散されたとしたら、、、「ヤニねこ」は腐朽(誤変換ナイス)の名作になったに違いない.伊藤潤二の不快な漫画のように.
だがそのレベルには達しないようだ.
かしこ
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