2026年8月26日水曜日

さよならララ #8  総合力のアニメって少なくなったな

さよならララ、第8話、そしてあと4話しかない.

124話を小出卓史が絵コンテ描いて、その後は別のヒトがやってる.

見終えて、「いいモノを観させていただきました」という満足感の#8だった.脚本絵コンテ演出作画楽曲声優などの要素をまんべんなく妥当に仕上げて総合的に高いレベルに持ってゆく、その丁寧な作業を観させてもらった、ありがとう、という感想だ.

ここで他作品への苦情を言わせてもらうと、、、
「勇者刑に処す」
戦闘作画偏重で飽きて最後まで観てなくて、このまま未消化でfadeoutしちまいそうだ.戦闘は戦闘でも迎撃戦ばかりで構造化されてないし、画面暗いし、動かしさえすれば総合的に高いレベルの作品になるわけじゃない、の典型例な作品.片手落ち感が強い.
「ジャーデューガル」
これに演出って存在しているのかな? ひら的には設定を見せてるだけにしか思えないんだが.キャラが生きてる感ある? ひら的には設定通りにセリフを喋らせてるだけ感なんだけど.ドラマと設定を取り違えた片手落ち作品に見える.
だがしかし、、、
「勇者刑」「ジャーデューガル」のような1点豪華主義の片手落ち作品こそ消費者の選好意識なのだという、そうゆう企画の考え方もあるわけだ.

↓かつてこんな楽しみ方もあったでしょ.これらも1点豪華主義の同類なわけだ.
・マクロスで板野サーカスだけを愉しむ
・魔女っ娘の変身シーンだけを愉しむ
・爆発だけを愉しむ

これら1点豪華主義は、アニメというメディアが「細やかなフェチシズム」を提供するメディアであるがゆえに陥りがちな、自家中毒みたいなもんなんだ.

その自家中毒は近年ますます昂進していて「勇者刑」みたいなのが登場する.

そんなアニメシーンにおいて、「さよならララ」がやってることは貴重だ.脚本絵コンテ演出作画楽曲声優などの要素をまんべんなく妥当に仕上げて総合的に高いレベルに持って行こうとしているから.

もちろん「ハルヒ」「まどマギ」「リコリコ」「無職転生」のような覇権作品は総合力においても役満クラスなわけである....

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アバン、
↓花火大会を振り返って「真実の愛は見つかりそう?」とマリとの会話.

↓OPメイキングによると、このカットはセルのカメラ撮影だってさ.

Aパート
↓人魚姉はマリに接触し、ヒトの形を保つ薬を渡す.
↓体調悪くて倒れたララに薬を飲ませて回復させる.
虚勢を張っているララへ「人魚姉のところへ行け」と促す.ララは嫌がるが、、、

Bパート
↓翌日、人魚姉に投降するララ.ヒト世界と絶縁する覚悟だ.
↓ヒト世界にはララを探す者もいる.マリもララを失いたくない.
↓ロンギヌスの槍の津波で沖島へ渡る船を岸へ戻してしまう.ララのチカラおそるべし.
↓「怖くても地上へ戻る」と意を決し、マリのボクシング会場へ向かう.これで人魚姉との対立は終了かな?
↓ノックダウン寸前のマリの元へ、ララが駆けつける.
↓滋賀県大会逆転優勝.この写真は#1冒頭のやつだよね.

地上を選んだララは死ぬのか?
魔女のスタンスは?
本物の愛を得られるのか?
本物の愛とは何か?
王子の愛か、マリの愛か?
ロンギヌスの槍は発動するのか?

あと4話しかない・・・

かしこ

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