さよならララ、第8話、そしてあと4話しかない.
124話を小出卓史が絵コンテ描いて、その後は別のヒトがやってる.
見終えて、「いいモノを観させていただきました」という満足感の#8だった.脚本絵コンテ演出作画楽曲声優などの要素をまんべんなく妥当に仕上げて総合的に高いレベルに持ってゆく、その丁寧な作業を観させてもらった、ありがとう、という感想だ.
ここで他作品への苦情を言わせてもらうと、、、
「勇者刑に処す」
戦闘作画偏重で飽きて最後まで観てなくて、このまま未消化でfadeoutしちまいそうだ.戦闘は戦闘でも迎撃戦ばかりで構造化されてないし、画面暗いし、動かしさえすれば総合的に高いレベルの作品になるわけじゃない、の典型例な作品.片手落ち感が強い.
これに演出って存在しているのかな? ひら的には設定を見せてるだけにしか思えないんだが.キャラが生きてる感ある? ひら的には設定通りにセリフを喋らせてるだけ感なんだけど.ドラマと設定を取り違えた片手落ち作品に見える.
「勇者刑」「ジャーデューガル」のような1点豪華主義の片手落ち作品こそ消費者の選好意識なのだという、そうゆう企画の考え方もあるわけだ.
↓かつてこんな楽しみ方もあったでしょ.これらも1点豪華主義の同類なわけだ.
・マクロスで板野サーカスだけを愉しむ
・魔女っ娘の変身シーンだけを愉しむ
・爆発だけを愉しむ
これら1点豪華主義は、アニメというメディアが「細やかなフェチシズム」を提供するメディアであるがゆえに陥りがちな、自家中毒みたいなもんなんだ.
その自家中毒は近年ますます昂進していて「勇者刑」みたいなのが登場する.
そんなアニメシーンにおいて、「さよならララ」がやってることは貴重だ.脚本絵コンテ演出作画楽曲声優などの要素をまんべんなく妥当に仕上げて総合的に高いレベルに持って行こうとしているから.
もちろん「ハルヒ」「まどマギ」「リコリコ」「無職転生」のような覇権作品は総合力においても役満クラスなわけである....
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アバン、
↓花火大会を振り返って「真実の愛は見つかりそう?」とマリとの会話.
虚勢を張っているララへ「人魚姉のところへ行け」と促す.ララは嫌がるが、、、
地上を選んだララは死ぬのか?
魔女のスタンスは?
本物の愛を得られるのか?
本物の愛とは何か?
王子の愛か、マリの愛か?
ロンギヌスの槍は発動するのか?
ロンギヌスの槍は発動するのか?
あと4話しかない・・・
かしこ
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