2017年8月12日土曜日

テープストレージ、ヘリカルが負け、リニアが勝った理由

先日、ソニーIBMの300TB磁気記録装置の件について解説記事を書きました.→こちら

わたしはヘリカルスキャンテープストレージを開発してきたんだけど、今はもうヘリカルは残存していません.今在るのはリニアのLTOだけです.

ヘリカルは、β、VHS、8mm、DVなどで数10年に渡って我が世の春を謳歌してきた装置であったにも関わらず、コンピュータ用機器としては生き残らず、リニアだけが生き残ったのはなぜか?

その答えは、この写真にあります.
←スパッタテープとLTO
ヘリカルのヘッドvsテープ接触技術の仕事をした経験のある人だったら、この左側の写真を見るとこう思うんじゃないでしょうか?
1)こんな薄くて柔らかいテープだと、ヘリカルヘッドが当らない(擦れない)
2)スパッタテープは表面がつるつる過ぎてドラムに貼り付いてしまって走行しない

1と2の事情はこうゆうことです.
1)ヘリカルは、ドラム表面に付けた小さな小さなヘッドがテープと擦れなくちゃいけません.そのために、ある程度テープが硬くないとヘッドがテープに擦れないんです.あまりにも柔らかいテープだと、テープが逃げてしまうんです.

2)ヘリカルは、円筒体にテープを巻きつけます.円筒体とテープが擦れつつ走行するためには、円筒体とテープの摩擦が小さいことが必須条件です.しかし、恐らくスパッタテープの超平滑面だと密着してしまって動かなくなります.

やる気が湧きません.

以上は、ヘリカルは極薄スパッタテープへの対応が困難だと言ってるわけですが、もっと根源的にヘリカルがリニアに勝てない点があるんです.

それは、
・ヘリカルはスケーラブルではない.しかし価格は安い.ビデオに適する.
・リニアはスケーラブルである.しかし価格は高い.コンピュータに適する.
ということなんです.

かつて、磁気記録の主な用途はビデオ録画でした.ビデオ録画には、テープ1本で映画1本が記録できれば良く、10倍速とかは不要、という特徴があります.こういう小容量・低速度(5GB・3MB/secぐらい)の用途にはヘリカルが最適でした.
ヘリカルが最適だった理由は、神の配剤としか言いようがありません.すなわち、1気圧の大気の中で、100rpsぐらいのドラム回転数で、PETフィルムで作られたテープに、20MHzぐらいの周波数を記録する、という条件設定がどういうわけかヘリカルに最適だったのです.これらの物理定数のいずれか1つが1桁ズレていたとしたら、ヘリカルは成立しなかった可能性が高いと思います.
つまり、ヘリカルが稼動できる条件は狭い、つまりスケーラブルではない、ということです.

一方のリニアはどうかというと、コンピュータが求める性能要件にマッチします.
コンピュータが求める性能要件とは、
  a)ビデオの1000倍の記憶容量
  b)ビデオの100倍の速度    ←ヘリカルの弱点
  c)ビデオの100倍の信頼性
  d)価格はビデオの10倍でもOK
というものです.

ヘリカルの弱点はb、つまり速度です.ヘリカルは、回転ドラムの上にヘッドを配置するので、多ヘッド化がとても難しい.多ヘッド化が難しいので高速化も難しい.

でもリニアならabcd全てOKです.リニアは、縦に10個でも50個でもヘッドを並べられます.多ヘッド化が可能なので高速化が可能.つまりリニアは幅広い条件設定に対応できます.リニアはスケーラブルです.
←右、リニアヘッド

詩的表現によるまとめ:
ヘリカルは神に祝福されし子だった.
リニアは神に祝福されずに生を享けた子だった.
リニアはリリンによって自在に改造される運命にあった.
それがコンピュータ用途でリニアが生き残った理由だった.

神よ、ヘリカルにさらなる祝福を

6 件のコメント:

  1. いつもの通りすがりの人2017年8月16日 17:04

    うーん、さすが平坂先生。このシリーズとても分かりやすいです。
    ネットの記事では「大事なところ」をぼかしてる?感じで、「それがどうしたの?」
    くらいの感想(そして何時の間にか忘れられてる・・・)でしたが。
    最後の詩(黙示録みたいww)もgood です。

    一つ面白かったのが「テープ装置の高速化手法」が、CPU(と、その周辺装置)
    の高速化手法と「全く正反対である」というところです。

    CPUは、「パラレルバス → シリアルバス」に、進化してます(特にメモリ系)
    これは、「高速化すると、並列ビット同期が困難になる」のが原因ですが、
    テープは「多ヘッド化が可能なので高速化が可能」というところです。

    ※自分の聞いた話だと、初期のビデオデッキ開発時に「多ヘッド化」案もあったが、
    「同期が取れない」と言う理由で「テープ対ヘッド相対速度向上で帯域確保」の、
    ヘリカルスキャンになった、と思いましたが。
    (そういえば、DCCも多ヘッド方式だったけど、廃れましたね・・・)

    あと、
    「これらの物理定数のいずれか1つが1桁ズレていたとしたら・・」
    も、
    「地球の平均気温が今の温度でなかったら、生物は生まれてなかった・・・」
    みたいで、ウケましたww

    ※今は人間も、ヘリカルと同じで「スケーラブル」じゃないしな。でもそろそろ、
    「スケーラブルな人類」を、開発するべき時期が来たのかも・・・?

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    1. パラレルは配線がかったるいのでシリアルが好きです.


      おっしゃるとおりアナログVTRでは、ヘッド切り替えはとても大変なんです.走査線が上手く繋がらないために画面が乱れるからです=同期が取れない.
      それを回避するため、日本人が開発したアナログVTRは全て1コマ1ヘッドで記録再生されているはずです.そして画面に隠れた上隅でヘッド切り替えをしています.

      ちなみに走査線を上手く繋ぐためには、テープの引っ張り力を調節することで微少にテープを伸び縮みさせて行います.U-maticにはその調節レバーが付いてました.

      AMPEXの初期のVTRは走査線の途中でヘッド切り替えが1回あったやに聞きましたが、どうやって走査線を繋いだのか不思議でなりません.

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  2. いつもの通りすがりの人2017年8月16日 23:37

    ああそうか、多ヘッド化が可能なのは「デジタル化の恩恵」の一つなんですね。
    また一つ賢くなった。

    「微少にテープを伸び縮みさせて・・・」
    これも、今や知られざるノウハウですね。そう言えば、「家庭用ビデオデッキが量産できた」ノウハウの一つに、
    「工場のおばちゃんたちが人海戦術で、回転ヘッドと相性のいい本体を組み合わせてた」
    ってのを聞いてスゲーって思ったことがありましたが。

    ・・・まぁ、これらの技術ノウハウたちが「ロストテクノロジー」の
    仲間入りをするのも時間の問題だな、、、
    数千年後廃墟になった地球で、未来人だか宇宙人だかが
    「ビデオデッキ」を発掘して「どうやってこんなものを作っていたのか?」とか、思わないか・・・

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    1. 日本が得意とするメカ部品の相性合わせ込み量産時代は終わりました.

      ビデオデッキを1um程度のメカ精度で生産する技術段階は終わりました.
      FLASHを1nm程度の精度で生産する技術段階に入りました.

      自社LSI製造工場を精度管理するのは台湾と韓国が日本よりも得意だったみたいですね.崖っぷちさの違いかなぁ? 希望の差かなぁ? 傾斜生産方式かなぁ?

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  3. 学者たちがいろいろと研究してるようですね。
    例えば、
    「台湾は、1990 年代以降、半導体産業における「設計と製造の分業」のトレンドに逸早く乗じ、専業フ ァウンドリという新たなビジネスモデルを打ち出し台頭していった。他 方、日本半導体産業の衰退は「分業を嫌い続けた」ことが大きな原因と指摘されている。」
    IBMは分業に走ってますね。 
    でも日本の場合は経営者がおバカだったというのが一番の要因でしょうか?

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    1. 学術研究の対象になりえる気がしますね.
      とはいっても、日本国内ローカルな話題ですが.
      近日に本件についての記事を書こうと思いますので、その時にヨロシクです.

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