アルプスの少女ハイジパロディ路線を突き進む「家庭教師のトライ」.
おんじのマンジには感銘を受けたけれど、いつも残念に思うのは、声優が違うところで、「ゼーゼマンさんの声違うー」「クララが吉田理保子じゃない」などともがき苦しむくらいにはハイジに精通しているわたしである.
そのハイジを作った高畑勲さんが亡くなった、82歳.(大塚康夫は大丈夫なのか?とググッたら86歳で存命だった)
高畑さんの訃報はTVでも流れて、どーせ日テレだろうと思ったらTBSだった.日テレは高畑特集をやるかなぁ?
フィルモグラフィーを振り返ってみる.
太陽の王子 ホルスの大冒険 1968年
東映動画がフルアニメを作っていた時代、まだ新人の宮崎駿+先輩アニメーターの森康二+大塚康夫+初監督の高畑勲というスゴイメンバーで作った作品.名作の誉れ高い作品ではあるが、「あの当時のアニメにしては随分と実写に近づいた」というコンプレックス臭を感じてしまう.
旧ルパン三世(後半) 1971年
パンダコパンダ 1972~73年
高畑+大塚+宮崎がつるんでいたのはここまで.20歳代の宮崎駿が好き勝手やっていた頃で、高畑色はそんなに強くない.
アルプスの少女ハイジ 1974年
母をたずねて三千里 1976年
赤毛のアン 1979年
高畑さんのピークはここでしょう.高畑さんの最高傑作は「三千里」だと思う.70年代の人だったんだなぁ.
いずれも高畑+宮崎コンビによる.一年間52話をあのクオリティできっちり制作するには、制作者は徹夜だの会社に泊まりだのでしんどかったらしい.(今でも同じか?)
テーマを訴えるでなく、遊びや勢いで作るでもなく、原作小説の登場人物を再設定しフィルムに定着させる地道な作業を理路整然とやってのける高畑勲のスタイルはハイジで確立したように外野からは見える.
名脇役として、ロッテンマイヤーさんと、ペッピーノさんを挙げたい.
じゃりン子チエ 1981年
ごめんなさい、大阪文明に疎いのでほとんど観てない.随分長いと思ったら100話を超えてる.銀英伝か?
セロ弾きのゴーシュ 1982年
あれぇ?これの監督だったんだ? 才田俊次の方が有名.
柳川堀割物語 1987年
いまニコニコで少し観た.運河についてのドキュメンタリー.高畑さんは何を作りたい作家なのだろう? 本作を観てもそれは解らなかった.
火垂るの墓 1988年
おもひでぽろぽろ 1991年
平成狸合戦ぽんぽこ 1994年
これらはテーマ性の強い作品.そのテーマが反戦、農業、環境では面白いはずもない.やけに理屈っぽく感じる.おもひでぽろぽろで「勇気のいる農業、勇気がでる農業」というセリフでのけぞった.ジブリはよくこれらの企画を通したものだ.
ホーホケキョ となりの山田くん 1999年
不明
かぐや姫の物語 2013年
遺作.長かったけれど、悪くは無かった.高畑さんのためにこれを作ったジブリは偉いと思う.
高畑さんの訃報で最もショックを受けているのは宮崎駿だろう.仲間であり演出の師匠でもあったのだから.
高畑さんのキャリアの後半は宮崎が稼いだ資金を高畑さんが浪費する面はあったと思う.
ご冥福を、、、
ハウス名作劇場を毎週見られた自分達はだいぶ幸せだったのでしょうね。当時は当たり前と思ってましたが。いまになってトライのCMで見ると、上手な人が描いた動画であることがよくわかりますね。
返信削除国会議員になったら、古アニメ再放送促進法を議員立法で提出するのがわたしの公約です!
削除ちな、当初はカルピス名作劇場だった模様
削除出馬したら後援会入ります~。
返信削除カルピスでしたっけ!
もう忘却の彼方・・。
途中でカルピスはスポンサーを降りたと思います.その後はハウス食品だったかも.
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