「神ゲー」「鬱ゲー」といわれるWA2、神はそのとおりだと思ったけど、鬱はどうかな.自他共にこのくらいの鬱展開はリアルで珍しくないように感ずる.
そこで、WA2記念としてヒラサカの鬱展開リアル物語 ~BLACK ALBUM 11.18~ をお届けします.長文です.
WA2ほどには内面に入れないなぁ.名作ゲーには及ばぬ.
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2020年
中目黒の床屋.少し太っちょのお姉さんに髪を切ってもらうようになったのは彼女がまだ20歳過ぎたくらいだったろう.今じゃ40近いか.他愛のない会話でゲラゲラと笑うのがいつもの散髪だ.
「TDLはもう何年も行ってないなー」
「アタシが最後にTDL行った日が11月18日だったのね、それで混んでて大変だったわ」
「えっ、11/18....? なんだっけその日....」
「ミッキーの誕生日なのよ」
「あーそれで、そりゃ混むね」
「お疲れ様でしたー」
洗髪のため倒されていた椅子がウィーンと上がる.俺の頭の中ではお姉さんが言った妙に引っかかるフレーズ、11月18日がグルグルと廻っていた.ミッキーの誕生日かどうかなんて初めて知ったのに、、、11/18ってなんだろう? 何かであったはずだ..... 椅子が元の位置に戻った瞬間、30年前の出来事がflash backした.
「あ、あいつの誕生日だ....」
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1990年
俺がソニーマグネスケールに入社して4年目だから25歳ぐらいの頃.
業務用VTRの設計上の諸問題が顧客の元で火を噴いていた.
顧客は世界中にいて世界中で炎上していたがUSの炎上が小康状態になり、その時の大炎上はUKだった.USのTV放送はNTSC、UKはPALなので回路は別だからビデオ回路のtuningもPAL仕様に別途行わなければならない.
本来であればプリント基板を起こして、設計確認会議や生産確認会議を経て品証のお墨付きをもらってから顧客のマシンにインストールするべきだが、その炎上騒動ではそういう社内手続きは全部無視.いきなりUKの顧客へ出向いてその場で既存回路を定数変更して画質向上を図るというドサ廻りを俺はさせられていた.UKの顧客の元には1月以上缶詰めになっていた.
UKといえば飯マズ、飯テロなどと揶揄されるがわたしもテロの洗礼を受けて散々な目に遭っていた.ステーキに味付けしないんだよ.塩胡椒でいいから振ってくれりゃいいのに.中華とインド料理は日本よりも旨かったがね.
だいたい俺はサービス出張って嫌いなんだ.元々が不出来な回路を現場で定数変更したってたかが知れてる.かったるいだけで実利は少ない.伊勢原に戻ったらこんなダサい回路なんか全部捨てて作り変えてやると不満たらたらで過ごしたUKサービス出張だった.
俺には年下の彼女がいた.就職先はなりたての中学校教員.
UKへ飛ぶ直前、彼女から助けを求められた.
なんだそのトンデモ話は、、、と絶句するような中身だった.
「職場のE先生があたしを好きだって」
「だってそいつ結婚してるだろ、もうすぐ子供も生まれるっていうアイツだろ?」
「奥さんと出会うよりも前にキミに出会いたかったっていうの、言い寄り方が激しくてアタシどうにかなっちゃいそう」
それまでに引っ掛かるものは在った.新任教師として様々な壁にぶち当たりつつ日々を過ごす彼女の指導役のような立場のEの名前を彼女は度々口にしていたからだ.そいつが新任の女性教師に不倫関係になろうと言い寄っている.電話の彼女の声は事実上「このままじゃ正気を保てない」「不倫に堕ちそう」と言っていた.
翌日俺はUKに飛んだ.飛ばないわけにはいかなかった.
わたしのソニーマグネスケール嫌いはこの件も原因のうちのひとつだ.くだらないサービス出張なんかで彼女との仲を邪魔された迷惑を忘れることはできない.
冬が近づいていた.そう、WHITE ALBUMの季節だ.
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1989年に遡る
彼女は少しおかしくなった.
その前年まで、チャラく遊んでいられるうちは特に問題は生じなかったのだが、就職活動で彼女はおかしくなった.俺もおかしくなった彼女を赦せなくなった.性格の不一致っていうやつが表面化しだした.
彼女はいわゆる偏差値秀才だった.
俺は工学部なので文系学部については疎い.それでも都立大で最も高偏差値なのは人文学部だというのは興味はなくても知っていた.
都立大の人文学部は、東大の入試日と異なる日が入試日という設定になっていて、それゆえ東大受験者のうち不合格だった者が人文学部に多数流入しており、そのせいで人文学部の偏差値が底上げされるというメカニズムが働いていたのだ.
彼女曰く、高3の時に進路を決めるにあたり、偏差値的には東京外語大学と都立大人文とどっちでもOKだったらしい.それで2校の願書を炬燵に入れて引いてみたら、3回引いて3回とも都立大だったから都立大にしたと言っていた.そんなの東京外語大の方が良かったんじゃないかと俺は感じたが、そうしたら彼女とは出会えなかったのだからまぁいいかなどと思ったものだった.
しかし2年後、彼女は都立大になんか進学せず、俺と出会ったりしない方がよかったと後悔することになる.
偏差値秀才の彼女だったが、その反面実務が非常にプアな人間だった.世間の水準なんか知りもしない.口八丁で面接を乗り切るスキルなんか全く育っていない.そのくせ自分は優秀だから就職もすぐに決まるわ、というお姫様世界観で就職活動が始まった.
彼女の就職活動は惨憺たる有様だった.内定が全然決まらない.グループトーク形式の面接でも上手く喋れない.社会性の劣る者なのだとレッテルを張られた彼女は動揺した.それまでの人生を良好な偏差値で苦労知らずで進学してきた彼女が、就職に際して「社会スキルは無い」と扱われたのだから軽くパニックに陥った.彼女なりにいろいろ考えたのだろうが、不満の表現型はお世辞にも頂けないものだった.
「なんでアタシだけ就職が決まらないのよ」
はまだいいだろう.だが、
「世の中が男性社会だからアタシみたいな容姿だと不遇になるのよ」
これはいかん.逆恨みだ.フェミニズム堕ちでもある.危険だ.第一今そんな事に拘ったところで就職は成功しない.男性面接員を喜ばせる化粧でも特訓するのがまだ賢い.
しかし彼女はそうはしなかった.俺は俺で、軽くおかしくなった彼女を赦さなかった.
赦すとはどういうことか?
「つぎはきっと受かるさ、気持ちを切り替えて頑張ろう、俺は君が可愛いとおもってる」
とアニメの男子主人公がメインヒロインにかけるような言葉を与えれば良かったし、彼女が俺に求めているのはそうゆう寄りかかれる相手だったのだ.
だが俺は赦しを与えたって仕方ないという立場だ.とりわけ就職は個人のポテンシャルの問題であって慰めても目先の事態は好転しない.元来俺は女子の戯言なんか知るかよという人間であって、女子に対して全然優しくない.
就職活動は企業に自分を売り込む場だ.その基本原則に立ち向かうようなツンデレは通用しない.だが彼女の言葉からは「自分が商品の如く査定される事自体を容認しないわ」というこれまた危険な、就職活動のスキームを拒絶するかのような幼稚さまでもが感じられた.
危ない奴だな、と俺は引いた.
彼女は彼女で俺のことを、慰めてくれない使えない奴と思い引いたはずだ.
切羽詰まった彼女の最も近くに居た俺はどういう人間だったかというと、彼女とは真逆の世間ずれした現物合わせ人間.「そんなもんこうすりゃいいんだよ」「なんでそんなのわかんないんだ?」みたいな世渡り上手だ.
彼女が卒論を書いているときの会話.彼女は「労働環境と家族関係」というようなテーマで卒論を書こうとしていた.下調べのためいろいろな論文を読んでいた.電話で彼女は、ある論文はこう述べていて、別の論文はああ述べていて、みたいな事を俺に聞かせた.それを聞いていた俺は少し飽きてきて問うた.
「それでキミの仮説はどんななの?」
彼女が絶句しているのが判ったので続けた.
「論文っていうのは引用してても仕方なくてさ自分独自の仮説を論証するもんだよ」
彼女は珍しく、「ムカついた」と本気で怒っていた.「じゃぁ貴方はどう思うわけ?」と聞くので俺はありきたりな事をしゃべった.
「かつての家族観は稲作労働を通じた運命共同体だった.現代は核家族で少なくとも労働を通じた共同体意識は無くなった」
もちろんこんなベタな説で論文を書けるなどとは思わない.
彼女は呆れて言った、
「そういう説があるのよ.あなたなんでそんなことわかっちゃうのよ」
この時の反応は、彼女の深いところに在る意識を端的に表していたと思う.世間から「社会性ないね~」とレッテルを張られた偏差値秀才ちゃんが、世渡り権化みたいな俺のことを疎ましく感じたのだ.俺と居ると自分の拙劣さを痛感させらてしまうからストレスなのだ.そのくせ「よしよしいい子だ」と頭を撫でてくれもしない役立たず.
彼女の論文の仮説は聞けずじまいだった.
企業の内定は散々だったが幸いにして第一志望の教員に採用が決まった.
歯車が狂い始めていた.
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1990年に戻る
UK出張中.
internetが本格的な普及期を迎えるより5年も前なだけにUKから日本への連絡は簡単ではなかった.
ホテルの部屋からする国際電話は高額だし出張費清算が面倒なので避けた.
分厚くて重たい1ポンドコインを使って公衆電話から短い時間だけ彼女に電話したことも何度かあった.彼女はE先生からの不倫関係になろうよ攻撃でいよいよ脳がクラクラになっていた.
クラクラになってしまう時点で俺との仲が終わっていたとも言える.
彼女はなんでクラクラになってしまうのか?
「社会性ないね~」を追認識させられる俺と居るのが元々嫌になっていた.実務能力の無い彼女が中学校で虚勢を張るのにパンパンになっているところへ「よしよし僕が面倒を見てあげよう」と寄ってきたのがE先生だった.
それに比べたら俺は過去も今も今後も面倒をみてくれない役立たずだ.
俺に言わせれば彼女のメンタルはお子様だ.お子様の危険な社会人ごっこだ.
ヤバいと思った俺はホテルのフロントが嫌な顔をするのを承知で10ポンド札2枚を1ポンド硬貨に両替してもらい、UK時間の夜、日本時間の昼に彼女の勤務する中学校に電話した.20ポンドあればなんとか10分間は話せるだろう.
電話でEを呼び出すとEは職員室にいた.
「ヒラサカですけど」
というとEはびっくりした様子だった.
「あなた俺の彼女になにしてるんですか、それは不倫です、子供も産まれるのに」
Eはこんな返答だった.
「貴方のような若者が彼女とどんな具合に上手くいかないのか、わたしは分かります.まぁ不倫といえばそうですけど、引き下がる気はないですから」
Eは公立中学校の教師である.奥さんは妊娠中.そいつが新卒教師に交際を迫るという図式.教育委員会にタレこんだら異動ぐらいは確定だろう.その立場にしては異様なほどの強気だった.こいつ狂ってるのか? 会話は録音した.
ソニーマグネスケールに「早く帰国させろ!」とFAXして帰国した.ひらちゃんからすごいFAXが来たと庶務さんが驚いてた.
早速会った彼女は俺の腕の中で言った.
「まさかEに電話してくれるとは思ってなかった、嬉しかった」
彼女が言うにはEの奥さんの出産予定日は12月20日頃だそうだ.
「よしてくれ、俺の誕生日に当たったりしないでくれ」
「うふふ、E先生ともそう話したわ」
俺の誕生日は12月19日だ.
俺は彼女にちょっと高価な指輪を贈った.
後日思ったのは、このとき彼女の心が暖まったのは手を差し延べてくれた喜びだったと思う.でも彼女が言うべきだったのは「ありがとう」じゃないだろう.正しくは「迷惑かけてごめんね」のハズだったのでは? それに彼氏に火消しを頼む物でも無かろうに.おかしな話だった.やはり社会性の無いお姫様ということか.
12月初旬、共通の知り合いの結婚式があり彼女も出席した.新宿辺りの二次会の帰りに送ろうとしたらぶっきら棒に「ここでいいよ」と彼女は言う.何かおかしい.
Xmasが近づき「どうする?」と電話すると、「その日は忙しいのでダメ」と彼女.
俺たち何年付き合ってるんだ? Xmasにダメとかないだろう、何だそりゃ?と問う.
彼女は「アタシはEの女になったのよ」という主旨を、これまでの復讐をするような勝ち誇った口調で俺に語った.「あとEの奥さんにバラさないでね」とも.
彼女との関係は終わった.
その後の何日間かの俺は食事も喉を通らなかった.
彼女のマンション前で彼女を捕まえたりもしたが、彼女はエレベーターの扉の向こうへ消えた.
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1991年
4月.
彼女と俺の関係はもう仕方がない.修復はもう無理だろう.
だが許せないのはEだ.Eとの電話を思い出すだに俺は荒んだ.「くそぉ」と机を叩くほどだった.
「貴方のような若者が彼女とどんな具合に上手くいかないのか、わたしは分かります.まぁ不倫といえばそうですけど、引き下がる気はないですから」
Eにはきっちりと罰を与えることにした.
4月某日、会社を休んで都心の図書館.
東京都教職員名簿を調べたのだがEの名前が見つからない.
彼女の中学校へ電話し、教材業者のふりでEを呼び出すと、Eは4月から江戸川区の花畑中学校へ異動しましたと事務員さんが教えてくれた.Eの不倫はこの異動を織り込んでのものだったのだろう.汚い奴だ.
教職員名簿の異動先にEの名はあった.現在の教職員名簿はどうか知らないが、個人情報におおらかだったこの頃は自宅住所と電話番号が開示されていたのである.
その足で松戸のEの団地を訪ねる.表札にはEと奥さんの名があった.俺はこの奥さんと話すことになるのだ.
翌日.
ソニーマグネスケールは午前半休にし、伊勢原の忠実屋近くの公衆電話からEの家へ電話する.奥さんはすぐに出た.
「あの、わたくしヒラサカと申しまして、ご主人が勤めてらした中学校の関係者のものですが、実はご主人の浮気についてお話したいことがあります」
Eの奥さんが怪しむ素振りだったのは不思議と一瞬だったように感じられた.
俺は続ける.
「ご主人の不倫の相手は、去年同じ中学に採用されたXXという新卒女性です.わたしはその彼氏でした」
「仕事の面倒を見る関係だったそうなのですが、昨年の11月ごろに『君と出会いたかった』と強い調子で男女関係を迫るようになり、現在その二人は付き合っています」
Eの奥さんは子供が生まれてまだ半年も経たず、まだ産休だったろう.さぞやショックな話だったと思われるが、取り乱すことなく、冷静に俺の話を聞いていた.
「お子さんの誕生日は12月18日だったそうですね.わたしは12月19日生まれでして」
実はこの後にこう続けるつもりだった.
『ご主人はわたしの誕生日が12月19日だとご存じです.ご主人はお子さんの誕生日が12.19にはなってくれるなよと不倫相手と話していました』
でもそれについては言わなかった.奥さんの反応から聡明で尊敬できる人のように感じられたからだ.奥さんに恨みはない.
「いずれにせよもう彼女はわたしのところには帰ってきません」
「わたしからお話するのは以上です」
奥さんは沈んだ声で「はい」「そうですか」とときどき相槌を打ちつつ俺の話を聞いていただけで、不倫の実態を俺に問うような質問は全くしなかった.
最後に奥さんは「教えてくれてありがとうございました」と俺に言った.「主人がご迷惑を」などの詫びは無かった.
「お騒がせしました」と電話を切った.
奥さんが如何に聡明な人だったとしても、こんな話を唐突に聞かされて冷静でいられるものだろうか? 「教えてくれてありがとう」が奥さんの心象風景を物語っていたように思った.元々Eの浮気を疑っていたのだろう.帰りが遅いとかでああやっぱりと.
一つの家庭を確実に崩壊させた.悪いことをした俺だった.こんな事はせずに済むに越したことはない.昼休みのソニーマグネスケールに入り食堂で遅い昼食を食べたがほとんど残した.
昼休みが終わって、設計部長が俺のところに来る.この部長とは仲良しだった.
「おいヒラサカ、お前食堂で真っ青な顔してたってSが心配してたぞ、どこか悪いのか?」
「あぁそうですか、、、実は彼女にフラれまして」
「お前がか?」
「相手の男は教師で不倫で」
「そんなの教育委員会へ通報しろ、教師なんか半分はバカだぞ」
「はい、そうですね.....」
部長とそんな会話をして1時間も経たずに、会社に電話がかかってきた.
「はいヒラサカです」
「アタシ、ごめんね会社へ電話しちゃって」
彼女からだった.
驚くべき反応の早さだった.Eの奥さんへミサイル電話を掛けてからまだ2時間しか経っていない.ヒラサカ→奥さん→E→彼女→ヒラサカまでの電話リレーがわずか2時間とは早い.しかもそこで語られた内容は奥さんが妊娠中に新任教師に強硬に不倫を迫った男性教師Eというネタである.「そんなのはデッチアゲだ」などとEがゴネたのならもっと伝わる時間は遅かっただろう.それがわずか2時間で戻ってくるということは、Eは全部認めたと思われた.
「どうなった?」
「はぁ?あんたには関係ないんじゃない?」
彼女は一方的に続ける.
「あんな指輪捨てるわ」
「あなたに奥さんを傷つける権利なんかないのよ!」(ガチャン)
最後は絶叫で切れた.
1分もない短い通話だった.目を上げると電話を取り次いだ女子社員が怪訝そうな表情で俺の方を見ている.
しかし捨て台詞がそれかよ.奥さんを傷つけたのは俺じゃぁないなぁ.奥さんは俺に硬い声で「教えてくれてどうもありがとうございました」と礼を言ったのだがな.不倫に爆走しておいて、第三者に瓦解させられたら逆切れとか、これだからお子様は.
調べる手段はあろうが、その後のEの状況は知らない.ちょっとよろめいた程度の経緯ではないわけだから普通なら離婚だろうね.
5月.
最後の電話の剣幕からすると彼女とEは完全決裂と思われた.
教育委員会への通報はやめといた.Eを破滅させるのは良いが、当然追及は彼女にも及ぶ.彼女の人生のスタートに消えない汚点を残すのは気の毒なので教育委員会は思いとどまった.
Eへの罰は効果てきめんだっただろうが、最も穏便なやり方にしてあげたつもりだ.
彼女は帰ってくるだろうか?
それより俺は彼女を赦せるだろうか?
優等生意識をこじらせた末に不倫に暴走し自滅した女の髪にもう一度触れたい気持ちになるだろうか?
べつにHが楽しい女ではなかったし.これだけ嫌な面を見せられてしまった以上俺の気持ちはもう持たないように思う.
俺自身は彼女とどうしたいのか、それを確かめたくなってある夜に電話した.
「どうだい?」
「アタシ、、、あれ以来ボロボロよ」
「帰ってこないか?」
「...... アタシ、ヒラサカさんが変わってくれなくちゃ無理 ......」
「俺は君に対して....」(プツッ)
今度は俺の方から静かに電話を切った.
俺が変わるとは具体的には「泣きついたら慰めてくれる男」のことだ.彼女にとってそれは間もなく子供が生まれる家庭持ちの男でもよかった.抱えきれないほどの優等生意識が破裂したら慰めてくれる男ならなんでも.相手の家庭を崩壊させる羽目になるかどうかは二の次で.
ダメだな、という俺の自意識は確認できた.
元々誠実な話をできるとは期待してなかったのでこれで構わなかった.彼女の声を聴くのはこれが最後になった.
11月.
当時まだケータイは無く、家の留守番電話が重要なコミュニケーションツールだった.
15日16日と二回続けて留守電に無言電話が入っていた.
誰が無言電話など2度も続けて掛けてくるのか?
心当たりはひとつ.11月18日が誕生日の元彼女にちがいない.
どうするか? いやそれよりも彼女の目的は何なのか?
1)俺をおびき寄せて刺すため
2)復縁を懇願するため
1なら11月18日に設定する必要度が低い.
たぶん2だ.精神安定のため頼る男が不可欠な彼女のことだ、自分の誕生日が近づいた折、かつて不要宣告した元カレでもいいから頼りたくなった可能性が高い.
だとすると明日17日か明後日18日の夜に電話が掛かってくるのを待てば復縁できるだろう.あるいは18日にこちらから電話をかけるのでもよい.
だが俺は復縁しなかった.
アンタは用済みと俺に言った元彼女.家庭崩壊の中心人物であった元彼女.昔の彼女を好きだった頃の気持ちは二度と湧いて来ないのは確実だった.もしも復縁するとしたらヤリ逃げ目的でお姫様扱いの演技をするだけさ.だとしてその見返りはなんだ? 「平坂さんと居ると安心する」って言わせたいのか? バカバカしい.子守はもうたくさんだ.
俺は留守電のメッセージを書き換えた.
「最近無言電話が多いので電話に出ません、用件をどうぞ」
これで彼女に俺の意思は通じたはずだ.無言電話はそれきり止まった.
二度目のWHITE ALBUMの季節は静かに過ぎていった.
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エピローグ
騒動の数か月後、俺は伊勢原を脱出した.
騒動の数か月後、俺は伊勢原を脱出した.
伊勢原を脱出する直前の出来事を以前投稿したことがある.
数年後、風の噂で元彼女が結婚して子供がいると聞いた.相手はEではなかった.
いつかEにサシで会って「トンマ」と嗤ってやりたいとは思う.
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追記。
読んで頂いてどうも。感想は様々でしょう。
追加情報と共に俺がこのドラマをどう解釈しているかについて書いとく。
彼女は異様なくらいモテた。毎月のように告られてた。その男達はナイーブなDT君ばかりではなく、フツーにモテて恋愛経験豊富そうな者がオレの最後の女はお前だ的に告白してくるのに俺は呆れてた。顔なんて就職活動で彼女が自分を評したようにフツー以下。なのにあんなにモテる女を俺は他に知らない。
そういう意味で特殊な魔性のある女だったのだろう。
挙げ句に妻子持ちの男まで狂わせてしまった。新米教員の悩みをサシでEに相談してわーわー泣いたりしていたらしい。やがてEは「先にお前に会っていれば良かった」と狂った。あの時のEはマジで狂っていたと思う。
魔性であると同時に、お子様で、世間知らずで、抱えきれない優等生意識が溢れて男にすがらずにいられない女。
その彼女を取り巻く環境が、大学4年生で大きく転回した。彼女はお子様優等生のままでは居られなくなった。大学4年と社会人1年目2年目の辺りで、彼女は大人のメンタルへと強制的に脱皮させられる試練に直面する。
その脱皮過程に巻き込まれた男が二人居た。
一人は家庭崩壊して(だろう)逃げて行った。
もう一人は俺。懲りて退散。
魔性の女脚本演出のドラマ、それが俺の解釈だ。
後年、俺が結婚したのは世渡り上手系の女だ。
かしこ
そっか、結婚したのですね。今は彼女の幸せを祈るばかりです。
返信削除わたしと関わった人には、ただ幸せになってほしいと、祈るしかできないっす。マンマミーア。
あれで幸せになる権利ってあるんですかね?
削除一つの家庭を崩壊させた張本人ですから.
このゲームは、いつ発売でしょうか・・・?
返信削除と言うのは、もちろん冗談ですが(笑)、なんか
「そのままゲームシナリオに出来そうな」話ですね・・・ 前の看護婦の話といい。
(まぁ、そのままだとイロイロ問題があると思うので、
イベントもイロイロ追加して、あと、結末も複数用意すれば、
ホントにゲームが作れそうです。)
※「花畑中学校へ異動」って、ネタかと思ったらホントにそういう名前の学校があるんですね。(こういう、シンクロ具合が、また面白いです。)
>結末も複数用意すれば
削除あはは、それはナイス.別の時間線だわ.SFになっちゃう.
追加イベントは可能です.LA編とか.
実をいうと、1990年から1年ぐらい前後している気もするんですがだいたいあってます.
そういえば昔、こういう「読者の体験談」ばかり集めた雑誌?がありませんでしたっけ?
返信削除それ「パンツの穴」じゃないですかね?
削除我らが中学生ごろwwww