結論からいうと、商品化はなかなか難しいですぞ.というか無理だと思います.
いろいろなニュース記事が在るなかで、技術的な内容を比較的細かく書いている記事はGIZMODEの記事かなとおもいます.
以下、バックグラウンド知識の解説から始めましょう.
【磁気テープドライブ市場】
何から書きましょうかね? まずは磁気テープ市場の過去と今と未来について書きましょうか?
コンピュータ向け磁気テープ装置というと、かつてはPCやworkstationのローカルなbackupがその主な用途でした.様々なformatが世に出ましたが、現在でも生存しているのはLTOだけと云えるでしょう.最新のLTO-7が6TBのようです.
いまのHDD容量からすると、たったの6TBしかないのかという印象ではないでしょうか.LTOドライブの価格は数10万円すると思うんですが、たかが6TBのストレージのために数10万円を支払うかというとそういうユーザーは少なくなっていると思います.ちなみに、カセットオートチェンジャーシステムでスケーラブルに容量拡張できますけど、お値段もスケーラブルですので高嶺の花かと.
磁気テープbackup装置が最も普及したのはいつだったのかというと、1999年でした.いわゆる2000年問題がクローズアップされた頃です.当時はHDDの容量よりも磁気テープの容量がはるかに巨大で、かつテープドライブ価格がエントリークラスで10万円ぐらいから買えた時期です.あの頃は儲かったなぁ、うはうは
コスパ的にかつてよりも不利な立場にいる磁気テープ.しかしbackup需要は在り続けているわけですから、皆さんが今やっているようにHDD→HDDへbackupするのが草の根ユーザーの主流なのでしょう.
ところで、現存する磁気テープはLTOだけというのは実は嘘でして、有名ではないが密かにメジャーな例外があります.それは、金融機関の決算情報記録のbackupです.貴方が証拠隠滅のため貯金通帳を処分してしまっても、税務署は貴方の入金出金履歴を過去に遡って知ることが出来ます.そのbackupデータが、今でも磁気テープなんです.
いささか旧聞ですが、その磁気テープはLTOではなく、銀行専門の別フォーマットなんです.技術的には2世代ぐらい前のLTOの技術を使って信頼性を高めている別フォーマットです.
実は、この金融部門backupのガリバー、市場寡占者がIBMなんです.HPなんかこの市場には全然入れない.IBMが金融部門磁気テープを別フォーマットにしているのは参入障壁でもあります.
磁気テープ市場についてまとめるとこうなります.
・磁気テープはコスパに難ありでかつてほど活況ではない
・一般企業がいま買えるのはLTOだけ
・IBMは金融部門磁気テープで莫大に儲かっている
・磁気テープドライブの開発意欲旺盛なのはIBMだけである
そんなわけで、ソニーがテープを作り、IBMがドライブを作る、という提携関係が成立したというわけです.
ソニーはドライブを作らないの?
作りません.
というかもう設計者は散逸してしまったし、工場も破棄しちゃったし、そもそもサーバビジネス屋であるIBMやHPにはソニー製ドライブを採用してもらえないし、、、磁気テープ市場に再参入するにはあらゆるビジネス環境がnegativeすぎます.ちなみにわたしはリストラされたテープドライブ開発者の一人です.
でもソニーはテープは作りたいんでしょ、何故?
それが次の話題になります.
【磁気テープ生産者】
LTOドライブ生産はいまどの会社がやっているのだろう? ミツミかなぁ?
磁気テープの生産者は、ソニー、pana、フジ、マクセル、はまだしぶとく生き残っているはずです.
ドライブ生産者はすぐに死亡します.しかしテープ生産者はなかなか死にません.
その理由はこんなところです.
・ドライブ組立ラインには巨大設備なんかないので、破棄するのが容易
・テープ生産には巨大な設備が必要なので、経営者にとって工場を破棄するのはしんどい
・ドライブが生産打ち切りになった後でもテープの需要は何年間も続く=残存需要あり
【磁気テープ技術】
このリストはLTOの世代と出現時期と容量とMP/BaFeです.
2000 LTO-1 100GB MP
2002 LTO-2 200GB MP
2005 LTO-3 400GB MP
2007 LTO-4 800GB MP
2010 LTO-5 1.5TB MP
2012 LTO-6 2.5TB BaFe
2015 LTO-7 6.0TB BaFe
未定 LTO-8 12.8TB BaFe
LTOに採用されているテープの種類はMPとBaFeの2種類があります.MPというのは、コンスーマー向け製品としてはオーディオカセット以来8mmビデオまで長く使われてきた、いわゆるメタルテープです.
ここで「テープの種類」と書いたのは実は不正確で、「塗布する磁性粉の種類」というのが正確な表現です.要するにMP粉とBaFe粉というのがあると思ってください.
MPは鉄にコバルトを添加した粉です.
BaFeというのは読んで字の如しバリウム鉄化合物の粉です.LTO-6から採用されました.BaFeは粒子サイズが小さいんです(20nm).それでSN比が良い.
しかしながら、新しいテープ材料を導入するのは冒険です.なので、せっかくBaFeを導入したのに1.5→2.5TBというコンサバな大容量化に留めたのはIBMが安全性を考慮したのだろうと想像されます.LTO-7では一気に6TBまで大容量化して、これがBaFeの真骨頂というところでしょう.
このBaFeを世界で唯一熱心に研究開発していたテープ屋は、フジフィルムだけでした.(BaFeパウダー自体は別の会社が生産している)
フジフィルムとしては、MPを使うしかないソニー・pana・マクセルを蹴落とす最終兵器がBaFeです.フジはIBMと組んでLTO-6,LTO-7の開発に成功しました.IBM-フジ連合の蜜月時代を長く続かせて、莫大な投資を回収したいのがフジの願いでしょう.
一方でソニーはBaFeをやってなかったので蹴落とされました.
IBM-フジ蜜月の長期化には、LTO-8もLTO-9もBaFeで実現できるかどうかにかかっています.ところが、これはヒラサカの予想ですけど、如何に高性能なBaFeといえども、LTO-8を実現できる可能性は50%ぐらいだと思います.倍々ゲームを何度も出来るほどの高SN比をそう簡単に実現できるほど物性の神様は優しくないですから.
BaFeでLTO-8が実現できるかどうか、IBMとしても悩んでいるとしたら、そこにソニーがつけこむ隙がある.
ソニーはBaFeを超える技術を持っているの?
テープを少し知っている人は、DVが蒸着テープだったのをご存知でしょう.この蒸着テープというのは、コバルトを溶かして煮えたぎった蒸気をテープ材料に積もらせたものです.うまく作ると粒子サイズを小さく出来て、高SN比が達成されるとされます.
しかし、、、2010年ごろの時点で既に、蒸着のSN比がBaFeよりも圧倒的に有利とは言えなかったし、塗布プロセスで生産されるBaFeに比較して真空蒸着プロセスで生産される蒸着テープのコスト高は如何ともし難いという、そんな状況を耳にしていました.(それと、IBMとフジはすっかりデキていた)
つまり、ソニーが「IBMさんLTOの未来はこれですよ」と営業するとしたら、それは蒸着ではない他の何かと推測されます.
それは何なのかが次の話題です.
【HDDはスパッタメディア】
今般の飛躍的な大容量化を実現する技術、それも現行6TBが200TBにも300TBにもなろうというんですから、それはもうBaFeだの蒸着だのではないのはひら的には明らかでした.
そして、コストが見合うかどうかはさておくとして、究極の磁気メディアはスパッタに決まってるじゃん!というコトは、磁気記録の研究開発に関わった事のある人ならば誰だって知ってる話です.だって、スパッタメディアの垂直磁気記録で成功したHDDが既にあるんですから.
HDDは3.5inch disk片面で1TBぐらい記録できます.面積は5000平方ミリぐらいかと.LTOは12mm幅で900mぐらい巻いてありますから、HDDよりも面積比で約2000倍もあります.HDDをLTOカセットに巻物として収納できたとしたら、2000TBも記録できちゃうもんねという皮算用になります.その1/10ぐらいの200や300TBならダサいスパッタメディアでもダサいヘッドでも実現できるかもです.
HDDのスパッタメディアは、粒子サイズがBaFeの20nmよりもさらに小さい数nmです.高SN比の最高峰です.これよりも粒子サイズが小さくなると、磁気が消えちゃうらしいのでHDDの面記録密度もそろそろ限界と云われます.
このような小さな粒子をスパッタで生成するには、下地に白金を薄くスパッタしておいて、その上にコバルトをスパッタすると自動的にコバルト粒子が整列するんだそうです.このラッキーな物性のおかげでTB級のHDDを使えているのだと言っても過言ではありません.
【新開発の磁気テープドライブの技術】
バックグラウンドの話はこれくらいにして、冒頭でリンクしたGIZMODEの記事から主要技術を抜き出してみますと、
・実験はLTOでやってるみたい
・スパッタテープであると書かれている
・潤滑剤が新開発だと書かれている
・再生ヘッドはTMRだろう
LTOのマイグレーションが目的なのだから、実験装置がLTOなのは当たり前.
潤滑剤はいろいろとやりようがあるので、あまり驚くには当らない.
TMRも驚くには当らない.
だがしかし、スパッタテープには驚かざるを得ないです.
ラボ実験ですから、LTO規格通りの900mのスパッタテープを製造したとは思えませんが、100mぐらいは巻いてあるんじゃないかと思います.たとえ100mでもスパッタで長物を作ったのって驚きます.スパッタの真空チャンバーの中でアラミドフィルムを巻き取って製造したわけでしょう.いやはやご苦労さんです.
↓左のキラキラした光沢はHDDのdisk表面に似ています.右のLTOヘッドに接触したテープは黒っぽくて色が異なります.テープの裏側の色はこんなもんですから写真が嘘だと決めつけることはできません.
ここで本件について技術的結論をまとめますと、LTOカセットに300TBも記録できるかもしれないというこのニュースのすごいところは、それなりの長さのスパッタテープを作った根性に尽きます.
「ソニーはまだこんなのやってたんですね」と異口同音の感想を云われました.たぶん多賀城の蒸着実験機をスパッタ用に改造したんでしょう.ご苦労さんです.でもまぁそのくらいの研究開発予算は出ても不思議じゃないです.
【300TBのLTOは登場するか?】
結論から述べると、商品化は無理だと思います.
しかしスパッタテープなんつうのがそう簡単に安価に生産できるとは思えません.塗布→スパッタの生産コスト差は少なくとも100倍はあるんじゃないかな.なのでLTOカートリッジが100万円でも良いなら、テープメーカーは黒字を出せ、その黒字で生産設備投資を回収し、事業を継続できるかもしれません.100万円でいいわけはないですが...
わたしは塗布型テープ生産設備も蒸着テープ生産設備も見学した経験がありますけど、真空プロセスっていう物は大変そうですよ.しかも蒸着よりも繊細なスパッタとなると生産スピードがどれだけ遅くなるのか、、、毎分10cmとかだったら設備投資を回収できませんぜ.
というわけで、ラボで出来た出来たと打ち上げ花火的ニュースをブチあげた程度のニュースなのさこれは、というのがわたしの見解です.IBMにとってはLTOの将来性を信憑性の高いものにするためのコマーシャルとして有用.
かつて「2TBのホログラムディスクの開発に成功」なんつうニュースがありましたが、これのupdateはさっぱり聞こえてきません.これもラボの打上花火ですから.何が制限要因なのかを開発者本人達は承知しているだろうに、それをおくびにも出さない飛ばしニュースの一つです.
打上花火はいつも綺麗に見えますね.
かしこ
スパッタメディアもBaFeもやってましたよ。
返信削除私はサンプル所有してました。
スパッタメディアは成膜速度が遅いので多数のスパッタ機をインラインで配置する必要がある。スパッタは基本的にPtを使用するので「そんな高価な金属使えるか!」でした。
BaFeは、実は細々やってましたがメタル信者が多く「磁性粉のサイズが全てで、小さくするだけで実現出来る!」ということでBaFeは見向きもされず、そのうちドメインシフトもあり、磁性粉の開発は止めてしまいました。
将来がないと言われ続けたテープで生き残るためにはコストや商品化をネグって容量のみで花火を打ち上げる必要がありました。
BaFeはONコンビがやってましたね.なにせわたしのほぼ最初の仕事がBaFeでしたから.あのまま続けていればよかったですが.
削除スパッタは噂だけ聞いてました.出来栄えは全く知りませんでしたが.
白金テープをよろしくです.
ONコンビですか。分からないな。
削除サンプルはSさんから提供されてました。
Oは、○本さん?○崎さん?それとも○川さん?
O崎さんと、N田さんです.
削除N田さん?Nは方角が入りますか?
削除それとも。「に」か「ぬ」が頭にありますね。
あっ!コンビだと「の」ですね。
「の」さんは学会に行くと、、、。武勇伝があります。
のです
削除完璧にわかりました。
削除N田さんは信号処理系に尽力されましたね。
本社2号館には何度も足を運びました。
N田さんは、こちらがしっかり理論武装してないと質問には答えてくれなかったな。単なる興味レベルの質問はダメでした。
LDPCいただきました
削除IBMのチューリッヒなんですね。アルマデンでは無いんだと驚きましたが、アルマデンの研究者はHGSTへ転職した方が多いのでアルマデンは潰したかな?
返信削除チューリッヒってすごく頭が良さそうですね.研究はチューリッヒで開発はアルマデンかしらと思ったりしますが、在るのかどうかはしりません.
削除一番の懸念点は、商品化を本格的に行う頃には携わった方々は定年を迎えます。後継者を育ててないと誰も作れないです。
返信削除セット事業部は人材はもう払底していますが、テープも新規商品化は人材不足で厳しいですかね.ましてスパッタにおいておや.
削除ストレージメディアで3件くらい中途採用募集あったんだけど、今確かめたら1件に減ってましたね。誰か応募したのかな?
削除それとも村田に移る前に仙台に戻らない?と声を掛けられた方がいたのか。