付録の「創刊号復刻版」が面白い.つっこみどころ満載です.
創刊号の表紙は、MURATAの部品なんです.
真空管時代の高電圧小電流回路であればコンデンサが果たす役割は小さかった.
それが半導体が主役になると、低電圧大電流回路ですから電源電圧がブレブレになりやすい.そこでコンデンサによる電源平滑が重要になります.
平滑コンといえば積層セラミックコン、積セラといえばMURATAですから、トラ技創刊号の表紙がMURATAだったというのは、偶然ですが象徴的だったと思います.
↓表紙裏にはSHARPの巨大な電卓.53万円、きゃーっ! 年収?
しかし見るだにどういうinterfaceなのかがわからん.四則演算しかできなさそうだし.
↓トランジスタ随想と称して各界の名士による稿があります.吉田義男って後に、バースとか掛布とかが居た頃の阪神の監督じゃね? 「観客席でラジオで実況を聴きながら野球観戦している人が増えた」とか書いてます.
1964年当時のTR価格はこんなかんじ.めちゃ高価.GeTRの方が安かったんですね.
ゲルマニウムTR 小信号 @数100円 Tj75℃とかよぇ~っ!
シリコンTR 小信号 @1600~3000円 Tj150℃で安心
シリコンTR パワー @1500~13500円
実態配線図が判りにくいのと「ラジオの製作」っぽくね? トラ技じゃないみたい.
この当時って、回路の未来が開けているみたいで楽しそうでいいなぁ.製造も市場も日本ローカルで、設計者は無茶やってて、物理デバイスの使いこなしがコアテクで、なんか良い時代です.この当時のわたしは0歳児でしたが(笑)
あでゅ~
1960年代のTVは買うだけではなく、キットが売られていたはずです。
返信削除どうやって調整とかしたのかわかりませんが、昔の人は偉かったとしか思えません。
1976年(12年後)にはTK-80が発売されているので、この頃の技術の進歩スピードは恐ろしいと感じます。
なんとTV KITとは恐れ入ります.白黒TVならなんとかってとこでしょうか.
削除トラ技創刊号の回路図にあるTRはほとんどゲルマニウムみたいなんです.それがシリコンLSIになるまでに10年とはヤバいですね.
SHARPの巨大な電卓
削除これの実物(たぶん)を見たことがあります。ニキシー管表示で,数字が前後するのが面白かったのですが,すご~く奥まで数字の位置が変化していたような気がする。あいまいな記憶。小学生だったからなあ。
えーどこで!???
削除宿題やるために電卓欲しかったです。
「ボタン戦争は終わりました」というコピーをTVでやってました。
ニキシー管は奥行きのあるデバイスでした。ずっと後になって、2000年頃にシュタインズ・ゲートというアニメで少し有名になりました。
父の勤務してた税務署でですよ。
削除休日出勤した父に連れられていったら,職場のおじさんが使ってました。道を踏み外してエンジニアになってしまったきっかけだったかも。ニキシー管のばかあ!と言ってやりたい。
算盤で計算してたのかと思いきや、こんなものを導入していたとは恐るべし、税務署.
削除うちの家業も公務員でしたが公務員は退屈そうなのでわたしはやめときましたー
ちょっと気になってタイガー計算機はいつまで作っていたのか調べたらなんと1974年に製造中止なんですね。
返信削除という事は1964はまだ現役だったのか?(@o@;
TVのキットはTVの修理技術を習得するために販売していたようです。
経理からそろばんが消えたのはいつごろなんでしょうか?
1974まで作ってたとは、1964年の電卓よりも機械式計算機の方がコスパよしだったのが透けて見えますね.
削除わたしが小学生の頃にはまだそろばん塾が在ったくらいですから、70年代は算盤使いの経理マンが余裕で棲息してたんじゃないですかね?
アンティキティラ島の機械という、ギリシャ時代の計算機もありました.
LTspiceの開始画面の絵ですよね。spiceで設計できる計算機といえば,アナログコンピュータ。弾道計算機のシミュレーションデッキを作ろうと思い立ったことがありましたが,どこに向かっているのかわからなくなって,,,
削除ぎょっと思ってLTSPICE画面をかくにんしました。
削除アンティキティラでした。
今まで気づかなかったとわ、ぎゃふん。