2022年12月24日土曜日

祝、トランジスタ技術 創刊700号(5)これからの回路とトラ技について

トラ技700号をだいたいチラ見し終えました.

回路技術者界隈の生態は今後どうなってゆくのでしょうか?

回路技術の面白さは50年前よりも深化していると思います.しかし、回路屋稼業に人生を賭ける値打ちはダダ下がりで、ますますどーにもならんでしょう.もしも自分が現在高校生ぐらいの年齢だとしたら回路設計者を志望はしません.

わたしが回路設計者デビューした1980年代後半の世の中は、現在のビジネス環境からIT系技術者を全部消したようなものでした.メカ設計者とエレキ設計者だけしか居ないセカイ.だから回路設計者には競争力の源泉としての市場価値がありました.
現在では技術的競争力はクラウドのあっち側に行っちゃったので、回路設計者は大切に扱われません.設計チームに1人の窓際ジジイ(回路屋)をアサインしとけばOKってな世相です.求人は少ないし転職もできないし、面白くない.

世にいう、TVメディアはもうだめだ説、新聞はオワコン説、出版もオワコン、、、いろいろありますけど、いやいやどうして、回路設計者の死に方はTVや新聞や出版の遥か先を逝っちゃってますからね.回路設計者の人材価値に再び脚光が当たる場面は来ないでしょう.

「クルマが電気で走る時代になれば回路設計者が引く手あまたになるはずだ」
これは一定程度正しいと思いますけど、問題があります.それは「自動車業界が楽しいと思えない」ってことです.自動車業界のように品質管理が厳しくて、何10年間も商品が変わらない業界ってのは、封建的体制に凝り固まってゆきます.バッテリ制御のチョッパ回路だけを何10年間もやり続ける回路屋人生なんか全く楽しいと思えません.わたしはゴメンです.

そこいくと、ソニーのビデオ事業は面白かったです.なんでかというと、技術の変遷が激しいので、封建体制に陥る暇がなかったから.ジジイが決めたアーキテクチャなんかブチ壊すたたき台ぐらいにしかわたしは思ってなかった.でもそういう無茶苦茶事業はもうありません.

以上は、回路屋稼業に人生を賭ける価値はもはや無いという意見でした.

次に、純粋に技術面ではどうかというと、今後もより細分されて発散してゆくと思います.

かつて、真空管アンプ自作者は電源とアンプ本体を独りで作れました.音源はレコードプレイヤーで、プリアンプも自作すればよかった.なんでも自力本願で楽しかったと思います.

ところが今では、HDDに在る音源ファイルをUSBにstreamingし、DACで音声信号に変換しようとする時点でほとんどの回路技術者はgive-upでしょう.かなり広範な知識が必要になってしまいます.CPU、割り込み、firmware、USB-class、英文document、DAC、電源、アンプ、win、MAC、Android、アートワーク、PCB実装、3Dプリンタ、ケース製作、、、わたしは全部独りでやりますけど、自分の他にはこれらを全部やる技術者に会った事がありません.
それは何を意味するかというと、たかがホビーで回路を愉しむにしても、必要な技能が幅広く拡散してしまい、高度化し過ぎて手が付けられないという事です.

割り込みハンドラを書かなくても、中華通販でmoduleを買って、moduleを組み合わせて太陽電池充電systemを作る、というようなライトモードの自作を愉しむことはできますけど、トラ技読者のレベルとしてはいささか軽い気がします.

そのような技術の拡散と高度化は、トランジスタ技術誌の特集にも如実に現れているように思います.バックナンバーの表紙を見るとこんなkey wordが表紙を飾っています.
パワー、超音波、モーター、3DP、測定器、無線、ラズパイ、工業数学、電池、GPS、simulator、HDMI、LCR、Arm、FPGA、ノイズ、ロボット、AI
いやはや、いろんなネタに首を突っ込んでいて、笑っちまうくらいアタフタしてますね.

アタフタする気持ちはわかります.
例えば無線ひとつとっても、かつてはSSB変調するのに、キャリア発振は水晶一発で、フツーにAM変調してからXtal filterで帯域除去して、430MHzに周波数変換、などと平易なアナログ回路のブロックダイヤグラムで説明できました.
ところが今時のSSB変調なんか、Sin(),Cos(),複素数演算のdigital信号処理で、ラストで430MHzのDACといった具合で、工業数学のblack-boxになっちゃいました.自作するならDSPで複素浮動小数演算を実装してくださいという事になります.

モーターだってそうです.1980年代では、ブラシレスモーターの位相制御を本気でやってたのはVTRがそうでしたけど、まだ産業界一般には少数派だったと思います.
それが今では、ACインバーター+希土類モーターが自動車は言うに及ばず、冷蔵庫だってエアコンだって電動自転車にだって普及しました.

技術者にとっては本来、技術進歩は楽しい事のはずです.また市場要求が高くなるのは技術者の仕事がより洗練されて好ましいはずです.でも全然そうなってませんよね.回路設計者の業務内容は誰にでも出来るような、ガイドラインに沿って部品を配置するだけのアタマを使わない仕事ばかりになってしまいました.

なぜか?
悲しいかな、module外買いのblack-box設計を良しとする方向へ電気業界が走ってしまったからでしょう.信号処理やデバイス技術がアナログ回路へも変革を要請し続けた30年間に、設計現場ではコピペ設計が志向され続けたのですから、技術者の能力が成長しないのは当然です.
シュリンク原因は、1990年から続いた、円高、ソフト技術への傾斜投資、新人採用抑制 ってとこかな.
業務上の課題でもないのに会社のカネでSiCやGaNデバイスを買って、載せ替えて遊んでみるとか、会社ってそういう遊びをするためにあるんです.でもそういう遊びをしてみようと思うアナログ技術者は世の中にどれだけ残存しているんだろうねぇ? 残業しないで早く家に帰れとか急かされるような職場で優秀な技術者が育つわけがない.心あるマネージャーは回路ヲタクを好き勝手に遊ばせるべきです.

トラ技の特集記事にも「遊び」を期待したいです.
たとえば、モーター制御を特集するなら、ブラシレスモーターをトルク100Nで1rpsで回す、かつバッテリー駆動とか結構難しいと思うんで(電動車椅子のspec)、長い紙面でノウハウをたくさん書きまくって欲しいです.市販モータドライバの解説なんかつまらんのでやめてくれ.

GaNデバイスも、既存のシリコンFETを置き換えだだけじゃ全然効率が上がらない挫折場面(80%)から始めて、一歩一歩回路を修正していって効率99%を達成するまでを描く回路ヲタク記事とか、そういう面白い特集をやって欲しいんだけど、トラ技の紙面構成がそれを赦す感じはしませんね.

短い紙面で完成度の高さを競うような記事って、ライターさんは書いてて楽しいのかな?って疑問に思ってしまいます.
やる気はあるけどスキルが伴わない新人を、トラ技ライターさんが熱血指導する連載とかそういうのやってよ.
BEにモロ電気流して破裂するTRとか.AC印加して電解コンを爆破するとか.(あ~ラジオライフになっちゃう)

かしこ

10 件のコメント:

  1. murasaki
    50年後の人達は技術とどう向き合うのですかねー。僕らの頃が若しくはもう少し上野世代の人達の頃一番楽しい時代だったのかもです。

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    1. 50年後、
      自動車なんか国別に数種のmodelに統合されて、一種のmoduleになっちまってるんじゃ.シートレイアウトとカラーリングぐらいはカスタマイズでお楽しみください.
      スマホは既に価格をさておけばiPhone1機種で問題ないですからね.

      そういえば、MACOSを初めて触ったら、HDDの上位のdirectoryにboot,var,usrとかどっかで見たものがありました.もうOSもLinux onlyでいいじゃんと思っちゃった.

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    2. もう、Linux系以外のOSは車輪の再発明ですね。
      Linuxの上の仮想マシン上でWindowsを動かして、徐々にWindowsを消し込んでいって欲しいのですが、Windowsの下回りがごちゃつき過ぎているので難しいのかもしれません。

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    3. >Linuxの上の仮想マシン上でWindows

      わらふ....

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    4. murasaki
      この前、古参プログラマの人が若い人に向かってロングポインタとかショートポインタってわかる?って聞いてました。
      若いc#しか知らないプログラマさんは当然知りませんでした。64k byteの壁とか言われても知るわけないし。
      今のWindowsPCでも8086のコードって実行できるんですかね。

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    5. 組み込み屋さんでそれだとズッコケますが...

      hardwareから乖離して抽象化を進めた世界が今じゃ正統ですからね.Cを使ってりゃまだしも、C++やJAVA使いだと知らん罠.

      本文でも書きましたけど、オフでhardwareを自力学習するヲタクは基本的にもう居ないと思います.そんな自助努力をしてもカネが儲からないから死に絶えてしまうのがその理由.
      クソプリント基板手配師のクソ野郎ばっかり残ってやがる.しね.

      そこいくと、ソフト業界は自力学習する輩はけっこうたくさん居るんじゃないですかね? 理由はゲイは身をタスクからカネがもうかるから.

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  2. >あ~ラジオライフになっちゃう
    いや、もう「ラジオライフ」も、時代から取り残されてる感じで、今それやってるのは、
    YouTuberの、
    「イチケン」氏
    ですね。彼は、こんなことやりながらも、しっかりと、
    「大手企業とも、タイアップ」
    してるところが凄いです。(外資系が多いですが。)

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    1. イチケンは社長みたいですね.あの人の本業はなんなんだろ???

      アリエナイ理科の教科書IIBもなかなか好きであります.(毒)

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  3. 50年後の開発はもうAIが活躍している世界ではないかと思います。
    条件を入力したら、後はAIが、チップ選択、回路設計を行ってくれて、
    人間はAIが設計した回路の評価をシミュレーション上で行って、
    確認が終わったら、製造を依頼すれば製造してくれる・・・・・てこれアイアンマンの世界じゃないですか?(^^;

    今組み込み系のエンジニアは若い人があまりおらず、平均年齢は非常に高くなっている・・・・・と思われます。
    電気系の回路エンジニアは量産品の世界は縮小して行く一方だと思いますが、設備、製造装置などの世界のエンジニアはこの先も多くはないですが、続いて行けるのではないかと思います。
    PC98シリーズで動いている製造装置はもうすぐロストテクノロジーとなって、メンテできなくなる時がくるのではないかと思っています。

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    1. >もうすぐロストテクノロジー

      うぎゃーっ、DXゆうてるコンサル氏が絶命しそうでナイス.

      50年後にはAI調教師の求人はありそうです.

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