2023年2月4日土曜日

【回路】300Vで動かす半導体アンプ(6)高電圧は吉か凶か

FETアンプを300Vで動かそうとしています.今回は少しだけアカデミック.

その動機は、
 もしかしたら高電圧で半導体回路を運用した方が音質が良いのではないか?
という予感によります.ここで音質とは歪率のことと思ってください.

回路遊びレベルとしては、たぶん当たりだと思っています.(実用性は無視)

高電圧仮説のとっかかりとして、まずは、
 ①低電圧大電流回路
 ②高電圧小電流回路
のsimによる比較をしてみます.2Vpp出力する簡単なエミッタフォロア2種です.どちらもバイアス電流は100mAです.
しかし、エミッタ抵抗が10/500Ωと違い、100mA流すためのエミッタ側電圧も-1.8V/-51Vと大幅に異なります.その結果、コレクタ電流の振れ幅が全然違います.
 ①10Ωに2Vppを生じさせますから、Ic≒0~200mAという大振幅
 ②500Ωに2Vppを生じさせますから、Ic≒98~102mAという小振幅

この電流振幅の違いによって、エミフォロ出力の歪が違ってきます.
歪のsim結果はこうなりました.
 2次歪 ①-40dB ②-60dB
②が優秀です.つまり、高電圧小電流回路の方が優秀です.これが高電圧仮説を思いついたきっかけでした.

高電圧ゆえ電流振幅が小さい方が低歪みである理由.
↓①の回路はエミッタフォロアですから、交流的にはVb=Veでそんなに歪まないはずだけど、実は歪んでいるのは上のsimの通り.-40dBとは1/100なのでおおよそ1%の歪を意味します.
VbとVeにはこういう関係があります.
 Ve = Vb - Vbe
よく云うのがVbe ≒ 0.7Vですが、細かく見るとVbeは動くので、それがVeに出てきて微小な歪になります.
Vbeがどうして動くのか?
トランジスタは「入力Vbe出力Ic」という動作をしています.すなわち、
 Ic = Is exp( Vbe/Vt )  (a)
 Vbe = Vt ln( Ic/Is )   (b)
Icが0~200mAの広範囲で動くわけですから、式bからわかるように、Vbeもチビチビと動きます.

ICを①200mA動かすのと②4mA動かすのでは後者が50倍楽なので、ざっくり計算で、
 ln(50)=3.9
Vbeの動きには3.9倍の差があるんじゃね?という目安を得ます.

それでは、①と②でVbeがどのくらい動いているのかをsimしてみます.
Icを振らせる原動力としてVbeが振れています.①はIcを派手に振るので140mVも触れています.②は60mVで済んでいます.②が優秀です.
以上で、
 2Vppのエミフォロを動かすために、高電圧小電流回路の方が低歪で優秀
であることの定性的な説明ができました.2次歪の20dBの差を定量的には説明出来てませんがそれは許してくれ.また、歪要因はエミフォロだけじゃないがそれも説明できてないけど許してくれ.

というわけでポエムですが、、、
真空管の音は良いとする風潮には、高電圧小電流という理由もあるのではないか? 真空管で高GAINは難しいので軽いNFBしか掛けられないが生の歪率が思ったほど悪くないので成立しているのかもしれない.真空管もFETも電圧入力電流出力デバイスなのは同じだから、真空管回路をFETに置き変えたら似た音になりはしまいか?

ーーーー
トランジスタ技術誌700号記念号に、生の歪率にこだわった記事が載っていました.加藤大という執筆者による「トランジスタを熟知した高性能パワーアンプ回路」という記事とそれに関連する一連の記事です.

興味があれば原典をどうぞ.(トラ技2023.1月号、トラ技special 139号)

加藤大氏の回路はユニークです.
 「無帰還でも歪率0.01%以下は楽勝」
ここで云う無帰還とは、over all feedbackが無いという意味です.つまりアンプ出力~アンプ入力への大域帰還がありません.大域帰還が必ず在るOPAMPとは根本的に違います.
その代わり、増幅1段毎のローカルな帰還は十分に施します.そうすることで、各増幅段の歪率を0.01%程度にすることで、over allの帰還は不要という構成です.

生の歪率が0.01%と言ってるわけですが、これはわたしが作るアンプの生の歪率が1%程度であるのとは段違いです.2桁も優秀です.

加藤大氏によれば、エミフォロの非線形性を克服するにはこんな回路にすれば無敵となります.
 ・NPNとPNPがお互いを補正しあってるような回路
 ・エミッタ抵抗を定電流源という高インピーにする
 ・トランジスタで補正しているので高電圧である必要性は無くなっている
この回路の歪をsimってみますと、2次歪が消滅しました.超無敵w

加藤大氏の記事でトランジスタの歪が克服可能なのだとして、いま試作中の300V FETアンプにそういう補償回路を実装するかどうかはちょっと踏ん切りがつかない.なぜなら、「2球真空管アンプを2石FETに置き換えてみる」という最初の動機から外れてしまうから. ↓これが基本回路で、FETを2つだけしか使ってません.

↓ところで、この無敵エミフォロは何石になるでしょうか? 定電流源が2つありますが、定電流源1つあたりで2石使う(※)と仮定すると全部で6石になっちゃいます.エミフォロ1発が6石になってしまうというのはかなりな騒動になりんす.う~む.手出しするのはひとまずやめとこう.
※定電流源はトランジスタ1石でも作れますが、それだとコレクタインピーが無限大でないという不完全さがこれまた歪を招くので、克服のため2石とか3石とか使えばイイと加藤大氏は提唱します.ちなみに、加藤大氏によるパワーアンプはchあたり27石です.たはー

スゲー高価なMacintoshの純A級アンプとかは無敵回路みたいなんじゃないかしら?

P.S. 真空管のsimulatorってのが在るみたいですね.

5へ    7へ

かしこ

18 件のコメント:

  1. 真空管教ごくろうさんです トランジスター教との双璧をなす二大宗教です ラジカセのicじゃあダメじゃんと、いわれまして。オーディオ教とは、素晴らしい 読者

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    1. そういえば真空管にはPNP型ってないですね。相補性がー。陽子ビームの音を聴かせて。

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  2. 昔から、「電流駆動」って、良く無いんじゃないか?と、漠然と思っていたのですが、やはり正しかったのですね。
    個人的には、「素の状態」では、性能は トランジスタ < 真空管 ではないかと思っていて、「トランジスタのほうが音がいい」(と、昔言われてた)のは、実は、
    ・(BTLでは)出力トランスが、トランジスタでは必要なくなったから
    ではないかとの仮説を考えています。
    ※理論的には、トランスの鉄芯の「B-H曲線」が、直線でない限りは、何らかの歪みが発生するハズです。温度特性とかもあるハズです。
    実は、過去には、真空管でも「BTL回路」と言うのはありまして、やってできないことは無いのですが、「特殊なスピーカー」(600Ωとかあったハズ)が必要なので、広まりませんでした。
    ※まぁ、それ言ったら「コンデンサの特性」も、あるのですが・・・ 「大容量電解コンデンサ」なんて、いかにも直線性が悪そうだし。
    そういう意味では、「高電圧駆動の直結アンプ」が、最強な気がする。
    これを、ホントに真空管で実現しようとしたら、±300Vとか、とんでもない電源が必要になりそう・・・ 実例はあるのだろうか?聞いたこと無いな。

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    1. エンジン吹かすと排ガス出るみたく、電流取り出すと歪むみたいなもんかなと。

      トランスがする悪さはあると思います。磁気飽和って結構ジワジワ来るのでpeakで歪みそう。トランスを糾弾するよな記事は知らないですけどね。

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    2. 600Ωスピーカーはマイクロホンのインピーダンス。マジ駆動電圧がー

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    3. >トランスを糾弾するよな記事
      「真空管時代」には、あったと思う(でなきゃ、「真空管版BTL」なんて回路は、作られなかったでしょう)のですが、昨今は、「トランス自体の出番が少ない」ので、聞かないのでしょう。
      ※ACアダプタも、いつの間にか「巨大トランスが必要なモノ」は、無くなってしまったし。

      ちなみに、「空芯コイル」だと、理論上は「磁気飽和がない」(と、教科書に書いてあった)ので、性能は良いはずですが、オーディオ帯域では使えないし・・・

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    4. 温故知新。
      そのうちSiCは3極管の音とか誰か言い出さないかな。

      aitendoで最安350円から真空管売ってます。中華製は生産中で、ロシア産は在庫消化らしく。

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    5. >真空管版BTL
      https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10121937445
      ※回答に、6AS7×4の回路が載ってます。あと、
      >スピーカーもBTL用のものが販売され、インピーダンスは 400~800Ω程度ありました。
      とありますね。
      ※この回路、このまま「FET」で、置き換えできないかな。
      600Ωのスピーカーがあれば・・・

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    6. 3極管はプレート抵抗が低いそうですが、800Ωなんつう運用が可能なんですね。

      昔ソニーが出してたV−FETもドレインインピーダンスをわざと低くしてマッチング良しみたいなのがウリでした。

      あと、スピーカー端子に触るとまったりと感電するんでしょうねぇ、真空管BTLは。こぇー

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    7. >3極管はプレート抵抗が低い
      ↑の回答によれば、「低rpの球が必要で、一般のオーディオ用途の五極管は使えません。」
      とあるので、「どんな真空管でもOK」というワケじゃないのでしょうね。
      ※この辺の技術は、もはや「ロストテクノロジー」と化してるんだろうな・・・

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    8. >スピーカー端子に触るとまったりと感電
      +B300V だけだと、「そうなる」のでしょうが、±電源を使えば、せいぜい、
      「ピークでも数十ボルト」で、済むと思います。(実例があるかは、知りません。)
      ※いずれにしても「超贅沢」な、構成ですね。

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    9. >±電源を使えば

      あぁそうかそうか.ご安全に!

      >ロストテクノロジー

      電極とかでいろいろいじれるようで真空管は多様ですね.
      半導体でいじれるのは、寸法とドープ調整ぐらいなのかしら.

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    10. >半導体でいじれるのは、寸法とドープ調整ぐらいなのかしら
      あと、「素材」もありますね。Ge, Si, GaAs, SiC, GaN, etc
      (これ以外にも「有機半導体」とかある。理論的には、太陽電池じゃないけど、「アモルファス」とかでも出来るのかも。)
      「ドープ調整」といっても、最近の半導体は、単体素子(例えばTR)でも、でも、
      N-P-N の、単純な構成じゃなくて、
      N⁺-N⁻-P-N⁻-N⁺-N⁺⁺
      みたいな、複雑な構造の奴(↑のは、適当ですが)があるので、素人にはもうよくわかりませんね。
      (耐圧を上げるために、N+/N-を組み合わせて素子内の電位傾斜が云々、フェルミ準位の位置がなんとか、とかあるらしいですが、ついていけないです。)

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    11. あるあるN+P+とか.
      債権の格付けかと思ってしまいます.
      薄くゲルマニウムを滲み込ませると移動度が上がるとかいろいろ.

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  3. 津久井街道で相模湖まで行ってきました2023年2月5日 0:13

    コレクタ電流が少ない方が出力抵抗が高いので,高電圧低電流駆動の方が良い音になるのではないでしょうか(ほんとかな?)。アーリー電圧は動作点にほぼ影響を受けないので,定電流性はコレクタ電流に対してそうなると学んだような覚えが。

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    1. それでモロに合っていると思います.
      加藤大氏の記事には、カレントミラーの出力抵抗(アーリー電圧にモロ関係)をどーんと上げるやり方も紹介されています.無敵ではありますが、トランジスタ4石とかになったりします.どんどん石数が増えます.

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  4. 読者 秋葉原有名電子部品屋ネタ 最近 ジョジョのスタンドにやられた風に3つしか覚えてない4つ目で一つ目忘れる的な。過去に書いた気がしたかもなので 違うネタを考えよう マキマさんに 「何元気になってんだ」といわれたデンジくん

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    1. ネタは思いついたらすぐに書かないと忘れますね.夢をみて朝起きてすぐ忘れるような高速度で忘れてしまいます.

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