2020年5月20日水曜日

STM32でDCCを作る方向で (16) CPUをいじっている個人的理由

今回はいつものSTM32 DCCの件とは趣向を変えて「どうしてCPUをいじっているのか?」を書こうと思う.

一言でいえば、取り戻すためだ.

さきほど当ブログ開設当時の人気シリーズである「失業理由INDEX」を作った.失業理由シリーズを連投してたのは、わたしが失業した2011年である.民主党政権と白川日銀のせいで悪夢の円高に日本経済が殺されていた頃だ.当然奴らへの呪いの言葉が何度も登場する.民主党しね.白川しね.

失業理由シリーズの主役は1987~2010まで企業所属の回路設計屋として過ごしたわたしだ.その間のわたしは、CPU周りの仕事を避けて生きてきた.その後遺症で、今でもCPU systemやOSについては詳しくない.その失われたCPU技術を取り戻すのがいまわたしがSTM32やEZUSBをいじっている理由だ.

なんでわたしはCPUを避けてきたのか?

CPU以外に手薄な分野が在ったからである.どの分野かというと「信号処理」だ.わたしは他の技術者から不人気な信号処理の仕事ばかり進んで引き受けてきたのである.

技術者という生き物は、大勢の同僚技術者がいる分野が好きなようだ.CPU systemやソフトや制御には、技術者がわんさか居た.新人技術者はその輪の中に入りたがった.孤独は嫌ですか?

わたしは逆張りしてた.
仲間がたくさんいたら、組織の中で唯一の人材になりにくいじゃん.だから誰もいない分野を歓迎した.孤高な立場に成れてナンボだと思っていた.信号処理屋はたいていは空席だった.
それに、自分が参加する製品を成立させるための多様な技術分野のうちで、手薄な信号処理屋は設計部隊の技術的弱点であると察知してもいたので、誰かがやらなくちゃダメじゃんという判断もあった.
「電磁変換系や信号処理をやらしてくれ」といって上司に止められる事は一度もなかった.

わたしが社会人になって数年間は、DATとVHSの仕事だった.
ヘッド&テープ&録再回路と、VHSではビデオ信号を設計した.
VHSの時は、さほど必要でもないのにトランジスタ回路をたくさん設計した.1980年代終わりの頃の新人電気屋でトランジスタ回路に執着している奴なんか他に誰も居なかった.その後も同年代でトランジスタ好きな奴に会ったことは無い.まして年下においておや.

当ブログの「電撃トランジスタ講座」はその頃に得た知識である.

30歳ごろ、日本HPに勤めていた頃は、HDDの録再回路を設計.

失業するまで勤めたソニーではテープストリーマの録再回路を設計してた.この頃には再生回路を全部digital信号処理に置き換える事に熱を入れてた.

というわけで、キャリアのほぼ全部が磁気記録の録再回路=信号処理だった.

CPUをやったのは社会人1~2年目に少しやっただけだった.(8085アセンブラ)

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約20年間に、8bit→16bit→32bitになり、CPUはARMになり、開発環境はwinになり、PCBは¥2000で買え、USBを繋げば焼けてしまうようになった.大人のおもちゃとしてかなり楽しめるようになった.

だがわたしは、その20年の進歩をひたすら脇見でスルーしてきたのである.

2011年から失業状態なので、失われた20年間を取り戻してみようかと思い、様々なCPUを触ってみるようになった.

2011年、1chipマイコンを触ってみるかと思っていじくり倒したのがSTM8Sだった.  →こちらのページはメンテしてないけどまだ生きてる

STM32は2012年に触り始めた.

2015年にEZ-USBをいじり倒す.   →こちら

Arduinoは2017年から使い始めている.便利.

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なんとなく好きなCPUランキング

1位     STM32      リソース豊富なのでなんでもできる.その割に安い.

2位     Arduino      sample codeが豊富なのでDLすりゃなんでもできる.安価.

3位     EZ-USB      480Mbpsにしては安価で良いが、peripheralが貧弱.

4位     STM8S       Arduinoの便利さには負けている.


CPUのお勉強は趣味であって、就職のための勉強じゃないんです.

かしこ


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